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越後国域確定1300年記念とは

2014年03月30日

 越後をふくむ北陸地域は、飛鳥時代に越国(こしのくに)とよばれていました。大化3年(647)、現新潟市辺りに渟足柵(ぬたりのき)が造られ、翌年には現村上市辺りに磐舟柵(いわふねのき)が造られました。このころは阿賀野川より北の地域も越国に含まれていたと考えられます。その後、越国は越前、越中、越後の3国に分かれましたが、このうち越後国は阿賀野川以北に限られていました。
 大宝2年(702)、越中国の4つの郡(蒲原郡、古志郡、魚沼郡、頸城郡)が越後国に組み入れられます。和銅元年(708)、越後国の北側に新たに出羽郡が置かれると、4年後の和銅5年(712)にはこの越後国出羽郡が出羽国として分立し、これをもって越後国域が確定しました。
 2012年がその1300周年にあたります。この年から越後国域確定1300年記念事業が始まり、今回の企画展がその最後を飾ります。